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1世紀半続く、王家にも愛された味噌

玉那覇味噌醤油


那覇市首里といえば琉球王国時代の王府のお膝元。歴史を感じさせるたたずまいが所々に残り、時間を越えて大事にされるものの存在を感じます。まち・地域の歩んできた時間を大切にし、守りながら生きている。首里に暮らす人々とふれあう機会があると、しばしばそんなイメージが浮かびます。

玉那覇味噌醤油 工場正面

そんな首里のすーじぐゎー(路地)の一角、160年以上前から同じ場所に工場を構え、手間ひまかけた美味しい味噌を作り続けているのが、玉那覇味噌醤油。安政年代(1855-60年)に創業し、王家御用達という誇りと昔ながらの手法を今に受け継ぎ、手づくりの味噌を作り続けています。

戦争でも破壊されずに残った石垣に囲まれる瓦ぶきの工場を、代表の玉那覇有紀(たまなは・ありのり)さんが案内してくださいました。

玉那覇味噌醤油 玉那覇有紀さん

見せていただいたのは「味噌作りにおいて最も大事」という麴づくりの過程。温度・湿度が厳しく管理された仕込みのための部屋に入ると、平たい木箱のような容器に入ったお米がびっしりと並んでいます。ずっといると汗ばむ湿気と温度の中、順調に育った米麹はほんのり色づき、ふんわりとして見えます。味見をさせてもらうとほんのり甘く、これだけで子どものおやつにもなりそうなくらい、素朴なおいしさがあります。

麴部屋で育てられる米麹

「麹が入っている日は欠かさず見ます。飲んで帰ってきても、ここに入って麹を見る」

味噌の味を最も大きく左右するという麹造りですが、玉那覇さんいわく、麹を手で押し込んだ時の感触など、長年の経験にもとづいてしか判断できないとのこと。

「麹は『暑すぎる』とか『寒すぎる』とか自分では言えないですから。赤ん坊を育てる気持ちで見ています」。現在玉那覇さんを含めて社内で二人だけが、麹の出来具合を判断できるのだそうです。

麴部屋で育てられる米麹

工場内の「味噌蔵」にあたる一角には年季の入った大きな樽が並び、じっくり発酵されています。一年を通して温暖かつ湿度の高い沖縄の気候は、発酵には非常に適しているそうです。また木でできた樽は、現在では製造する職人さんが絶えてしまい、手に入れることができない貴重なものとのこと。長年のお客さんの中には”木樽がいい”とのこだわりも聞かれるといいます。

「復帰前には他にも味噌屋があり事業組合もありましたが、復帰後は本土メーカーの安価な製品がどっと入ってきて県内の業者はどんどん衰退し、自前の工場で味噌を製造するのは今では弊社だけです。味噌や醤油には泡盛みたいな特例措置もないですし」

味噌蔵の樽の中で発酵を待つ

そう語ってくださる玉那覇さんは、明治大学を卒業後、東京で建築士としてのキャリアを積んでいましたが、お母さんで先代代表である久子さんから事業を継ぐため、東京での仕事を手放し沖縄に帰ってきたという過去を持ちます。帰沖後は二足のわらじで仕事を続け、建築家としても実績を積みながら、玉那覇味噌を守ってきました。

現在の工場は戦後に建て直されたものですが、梁や柱の木材は戦時中に先々代(有紀さんのお祖父さん)が戦火を避けて防空壕に保管した木材が使われているとのこと。敷地を囲む石垣にいたっては王朝時代に築かれたものが戦火もくぐり抜け、今でも立派に役目を果たしています。

戦火をくぐり抜け今も現役の石垣

なお、玉那覇味噌醬油が創業する前のこの場所は仲田親雲上(なかだ ぺーちん)という士族のお屋敷で、「仲田殿内(なかだどぅんち)」と呼ばれていたそうです。敷地内には味噌屋よりも古い琉球式庭園が今も残り、当時からの風格を伝えています。

「歴史ある玉那覇味噌を絶やしてはいけない」という想いのバトンを手渡し、受け取り、琉球王国の時代から今日まで続いてきたという歴史の重みが、敷地の中にいると静かに感じられます。

この1年ほどはコロナ禍の影響で、ホテルなどの観光関連需要が激減。そんな状況でもスーパーなどの量販店や飲食店以外にも、保育園の給食用など「丁寧に作られた、いい食材を使いたい」というニーズに応えることで、地道にファンが増えている実感もある、と玉那覇さん。

「給食を食べた保育士さんが『これはおいしい』と自宅用に買ってくださって、広まっている面もあるんですよ」
保育園といえば、子どもの味覚のすごさを伝えるエピソードも聞かせてくれました。

「たまたま味噌を切らしてしまった時によそのものを使ったら、子どもが『せんせい、きょうのみそはいつもとちがうね。いつものがおいしい』と言ってくるそうですよ」と、笑いながらも驚きを隠さない玉那覇さん。気持ちをこめていいものを選んであげれば子どもにも伝わるという、希望をくれるお話でもあります。

木の樽で保存

より地元にこだわった味噌作りの一環として、沖縄県産素材を少しずつでも増やすことに取り組んでいる現在。この日仕込んでいたお米は、八重山の稲作農家さんの協力を得て仕入れた県産米が使われていました。他の原料も県産素材の使用に向けた計画が進められているそうで、ぜひとも楽しみに待ちたいところです。

心と体をあたためてくれる味噌汁をはじめ、私たちの食卓に欠かせないソウルフード・味噌。古都・首里の一角では今日も、関わる人々の想いとこだわりのもとに、風味豊かな味噌がじっくりと育てられています。

出荷の準備

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