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時を超え、海を越え、つなぐ想い

金細工まつ

かつて琉球王国が栄えた大交易時代。交易を通して海外から様々な優れたものがもたらされました。その中の一つに錫(すず)を使った金属工芸があります。

「500年ほど前、中国や東南アジアから原料の錫を輸入し、職人は王府直轄の精鋭集団が組織され、技術が受け継がれていたようです。宗教的儀式の道具など高級品として、常に村の中心に存在していたのが錫細工なんです。金細工というとかんざしなどを思い出す方が多いと思いますが、私の工房は金細工という大枠の中でも錫を使う『シルカニゼーク(錫細工)』にあたります」

金細工まつ 上原俊展さん

そう話してくれるのは、宜野湾市に工房「金細工まつ(かんぜーく まつ)」を構える上原俊展(うえはら・としのり)さん。およそ100年前に途絶えてしまった錫細工を現代に復活させるべく、調査・研究から製造・製作までを一人でコツコツと続けています。

自宅兼工房として借りた一軒家は、少しずつ工房用のスペースが増えていき、現在では屋外にまで作業や貯蔵用のスペースが設けられるほどに。彫金、鍛金、鋳造などの技法から自作の機械を使ったサンドブラスト(砂吹き)加工までをこの工房で行い、酒器、一輪挿し、箸置など、今の生活に溶け込む魅力をもった錫製品が日々作られています。

金属なのに非常に柔らかく、融点も低いのが錫の特徴。約230度で溶け始めるため、普通の鍋に入れてガスコンロにかけるだけでも溶けて液状になります。それを上原さんが取材時に、その場で実演してくれました。溶けた錫をおたまですくい、これまた自作した鋳型へ流し込みほんの数分間待つと、開いた型の中から鈍く輝く美しい錫細工が現れました。

「沖縄の錫工芸は製作技術が途絶えた上に、近年ようやく研究の手がつけられた分野のため、一般書籍やインターネット検索でも情報はほぼありません。当時、琉球の錫器は国や村の中心に位置するほどのものでしたが、今やその文化は失われ、語る人がいないどころか、その存在すらなかったかのように扱われてしまっているのが現状です。

研究ではここ数年で琉球錫器についてかなり多くのことが判明してきていて、作り手側からいうとシルカニゼーク(琉球錫職人の呼び名)が製作する上で大切にしていたことまでも具体的にみえてきました。それをできるだけ形にして残したい、さらにはその高い可能性も広めたいと製作をしています」

その言葉からもわかる通り、上原さんが工房を立ち上げたのには「かつて栄えた琉球の錫文化の魅力を伝えたい」「もう一度光を当てて多くの人に知って欲しい」という想いが、根本に大きくあります。沖縄移住以前に富山の仏具メーカーに勤めていた時、錫を扱う会社の急成長を間近で見て可能性は感じていたという背景もあります。他にも、沖縄で錫細工と関係の深い「鍋職人」が廃業していくのを目の当たりにしたことも、上原さんを動かしました。

「戦後の食文化や工芸産業(染織など)を影で支えていたのが鍋職人(ナービーク)なんです。戦闘機の廃材などをかき集めて鍋をつくり、沖縄工芸復興を支えた大切な方々でもあるのに、記事にされたり感謝の気持ちを伝えられることもなく幕を下ろしました。知らないということは評価に直結し、やがて存在すら失われてしまいます」

錫について語り、実演を見せてくれる時の上原さんは、平坦な口調の奥にあふれるような熱量を感じさせます。話す内容が深く詳細に及ぶほど、そこまで理解を深めるためにどれだけ探究を続けてきたのだろうと、感嘆せずにはいられません。

ご自身は神奈川県の生まれ育ちですが、祖父母が沖縄出身だった上原さん。お祖父さんとお祖母さんは幼い頃に亡くなったそうですが、子どもながらに独特な背景を持っていることは感じていたそうです。

「とても食べきれないほどのサーターアンダギー ――当時は『砂糖てんぷら』と呼んでいたんですが―― を作って食べさせてくれたり。キッチンに水が置いてあって、『飲んでいいの?』って聞いたら『それは神様の水だよ』と教えてくれたり(柱:台所の神様「ヒヌカン」)。孫をとてもかわいがってくれていました。たまに沖縄の言葉で電話していて『何語を話しているんだろう⁉』と思ったこともありました」

そんな祖父母が故郷への思いを秘めていたことを知ったのは、30歳を過ぎてからでした。2013年、実に20年振りに両親とともに沖縄を旅行した上原さんは「こんなにきれいな沖縄に、祖父母は帰りたいと思わなかったのだろうか」と、自然に芽生えた疑問をお父さんに尋ねました。

「『帰りたい』って何度も言ってたよ」

お父さんの言葉で初めて知ったお祖父さんの想いは、他の様々な巡り合わせとつながって、上原さんを沖縄への移住、そして工房立ち上げへと導いていきました。工房名はお祖父さんのお名前からとった「まつ」。名前だけでも里帰りさせてあげられたら、という孫の想いが込められています。

「金細工まつ」として上原さんは先人の仕事を掘り起こし、自身の感性と技術を通して、現代とつなげることに挑み続けています。

「琉球錫文化と現代生活をうまくリンクさせられ、喜んでいただいた時、ホッとするあたたかな気持ちになり、とてもうれしくなります。『古酒の香りや味覚を引き立てる』、『料理を映えさせて、料理の創作意欲を刺激する』、活けた花を長持ちさせる効果のある錫の花器で『花を長く楽しんでいられる』といった喜びのご意見をこれまでいただいてきました。沖縄で枯れてしまった『錫の花』がぽつぽつと吹き返して咲いていくようなイメージが湧き、ウルっとくるときもあります」

少しずつ広がり伝わっていく、「金細工まつ」による錫工芸の魅力。手に取って、使っていくことで、あなたの暮らしの中にもきっと「花」を咲かせてくれるでしょう。


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